1 見通し外電波伝播異常と地震エコーの生成メカニズム

波長が1~10メートル、周波数では30Mhzから300Mhzの電波は超短波帯の電波と呼ばれ、直線的に伝播する。 地球は球体なので陰に当たる場所では届かない。陸地では地形に凹凸があるのでこの電波が届く領域は複雑な形状になる。 しかし通常は届かないはずの領域でも稀に何らかの物理学的理由で伝播する現象がいくつか知られている。

それらの代表的なものはダクト伝播や山岳回折現象である。 山岳回折現象は、北海道日高山脈のように屏風のように直線的な形状をもつ地形の片側にある放送局から出た電波が尾根で回折して反対側へわずかに伝播する現象である。 発生する条件は、射出された電波が緩くかすめるような角度で頂上に達することで、放送局が山体から数10㎞以上離れていることが必要だ。

北海道十勝平野では日高山脈の西側の浦河町にあるNHKのFM放送を弱いながら聞くことができる。この現象は地形的に決まるので定常的に発生する。 日高山脈の東側には広尾町のNHK送信所があるが、この電波は尾根の西側へ伝播することはない。送信所の場所が尾根に近すぎるので角度が急すぎるからである。

一方、ダクト伝播は大気中の気温分布に逆転層ができるとその部分で電子濃度が僅かに増加し伝播速度が低下するので、そこに電波が集中して遠方まで届く現象である。 風のない穏やかな秋晴れの夕方から夜半にかけて発生することがある。到達距離は、観測経験から数100㎞程度である。

地震エコーはある種の見通し外伝播異常だが、観測される変動形状は述べた二つの異常とは全く異なっていることの他に地震発生と関係があるという特徴がある。 日高山脈南部の西側にあるえりも地殻変動観測所で電波観測を行っていたとき 広尾送信局の電波が通常は全く届かないのに日高山脈南部の尾根の直下で起こる地震の前にだけ届くことがわかってきたのである。

2002年から北海道大学で研究を続けてきた結果、次のような経験的事実がわかった。

  • (1) 地震の発生前に今までに知られていない異常な伝播現象(地震エコー)が観測され その継続時間の合計が続いて起こる地震のマグニチュード(M)と一定の関係がある。
  • (2) 地震エコーが観測される範囲は限られた領域であって、 電波を発信する放送局と観測点の間またはそれら二点を焦点とする楕円の範囲内で地震が起こる。
  • (3) 地震エコーは一日に数十分から数時間観測され、Mが6程度の場合では25日から40日継続し、 観測されない状況が続くと9日以内に地震が発生する場合が多い。
  • (4) 地震エコーの電界強度は強い(振幅が大きい)ものもあれば弱いものもあるが、大地震の前に観測される地震エコーは強いことが多い。 しかしスピーカーから音声が聞こえることはない。 FM放送波が複数地点で散乱をおこして伝播し一地点で合成して受信すると遅延時間の異なる放送波を平均してしまうので 周波数成分が中心周波数のみとなってしまうと考えられる。 したがって聞こえないのは地震エコーが散乱波の合成である証拠である。 もう一つ重要な証拠として偏波回転が起こっていることである。 電波は横波なのでFM電波を射出する時、偏波面を水平(電界は水平、磁界は垂直)にするか垂直にするか放送局ごとに決まっている。 浦河局も広尾局も垂直偏波で送信されているが、えりもで観測されていた地震エコーはエレメントが水平になるように設置された 八木・宇田アンテナの受信機にだけ受信されていた。 巷のサイトで「聞きなれぬFM放送が見知らぬ周波数で聞こえて来たら地震の前兆だ」と書かれているものがあるが、間違いである。 これは電離層で起こる現象が原因で起こる。つまり高度100㎞ほどで電子密度が増大し1000㎞くらい離れたFM放送波が伝播してくる現象であって (スポラディックE層の生成)、地震現象とは関係がない。 北海道では九州、韓国、台湾、まれにはロシアの放送が聞こえることがあって、主に夏至をはさみ5月中旬から8月まで夏の昼間に起こる。
  • (5) 地震発生前に大気中に電子が増大する原因として二つの説が考えられた。それらは;
    • (A 正電荷説) Freund博士が提唱する説;地下の圧力増大に伴って地表への正電荷の移動が起こり、 地表が正に帯電し大気中の電子を引き付けるので地上付近の電子濃度が増大する。
    • (B ラドン説) ラドンガスが地下から噴出しラドン原子が出すアルファ線が大気分子を構成する原子の一部に衝突することによって 電子が飛び出し原子がイオン化し、この結果電子密度が増大する。地震の前にラドンガスの噴出量が増大する現象は古くから知られている。

我々の研究グループは大気中の電荷を地震エコーと同時に観測することに成功して地表の電荷は負になることが分かった。 また2011年3月11日東北地方太平洋沖地震の 前に福島県立医科大学が測定していた放射線量の変化から、 ラドンガスの出すアルファ線の時間変化と、北大えりも観測所で観測していた地震エコーの時間変化がほぼ一致することが分かったので ラドン説が正しいのではないかと考えている。 Pulinets博士はラドンが生成するイオンが大気中に広がり電離層にも影響を与えていると考えて、 岩石圏、大気圏および電離圏が電磁気的に結合するメカニズムを提唱している (LAIC model)。

地震エコー(散乱波)の生成過程

参考資料

  • Freund F, Time-resolved study of charge generation and propagation in igneous rocks, J. Geophys. Res., 105, 11001-11019, 2000.
  • Pulinets, S., and D. Ouzounov, Lithosphere-Atmosphere-Ionosphere Coupling (LAIC) model ? An unified concept for earthquake precursors validation, J. Asian Earth Sci., 2010.