5 他の地球物理学的前兆現象との関係
および地震予報の精度向上を目指して

昔から大地震の直前に異常な現象があったことが古文書などに残っている。 誇張や取るに足らない記述も多いが、地球物理学的な現象と考えられるものもある。 20世紀に入って 日本の地震学研究者は地球物理学と地震防災学の両立を目指していたので地球全体の現象を俯瞰する視座を有していた。 さまざまな現象が注目されていたが問題となったのは現象が複数現れるこが少ないことであった。

当時注目されていた直前現象は台風の通過であった。 気圧の急激な変動や強風が海水を動かし今ひずみの限界に達している地殻 マントルを刺激して地震発生を促すのではないかと考えていた。 事実大地震の数時間前に台風や強い低気圧が通過した例がかなりあったのである。 その典型は1923年9月1日に起きた関東大地震であった。

ところが日本は世界に通用しない地震防災学を地震学研究者は放棄すべきであるという考え他分野の研究者からおこり、 しだいにその考えに流されていったようである。 初代の地震学教授大森房吉博士は気圧変動が大地震をトリガーするという主張をしていた。 彼は地震の主因は岩盤の圧力だがその発生期日を決定するのは気圧変動などの副因である という趣旨の学説を唱えた。 戦後、大森地震学を研究していた池上良平博士は、この学説を何の検証もせず“牽強付会”と一蹴している。 これは現代の科学者ほど研究領域が狭くなり“タコツボ化”して、地球物理学現象全体を俯瞰する態度に欠けていることがはっきり示される典型である。

さて地震現象はプレート運動が原因であるので地震前兆はプレート運動と地球物理学的に深い関係がなければ 偽物と言わざるを得ない。 地殻変動の観測が頼りにされるのは当然の成り行きである。しかし地震前兆として地殻変動が観測された実例はほとんどない。 1944年東南海地震の直前 いわゆるスロースリップと思われる現象が観測されていたので地殻変動観測が有力視されてきた。 しかしその後の大地震では直前の地殻変動は全く観測されなかった。

地震エコーはこの考えからすると本物である。 一見プレート運動とは関係がなさそうだが、原因が地下深いところから小さな割れ目を通って出てくるラドンガスと考えるから、 割れ目は前兆的な きわめて微小な、地殻変動の観測機器には感知しないような変動なのであろう。 なによりも本物である証拠はこれから起こる大地震のマグニチュードや最大震度を教えてくれるところにある。 つまり前兆現象の物理量がこれから起こる地震の物理量と一定の関係式が成立することである。

では台風の通過はどうかというと定量的な関係式は成立しない。 しかし地震発生を促すトリガーとしての役割があるのならば非常に重要な非定量的前兆現象である。 実はこの種の地球物理学的現象にはまだほかに考えられる。 それらは、磁気嵐(太陽黒点の爆発)、地球潮汐(月齢)、スロースリップ、前震などである。 勿論これらは必ず前兆になるわけではありえない。あくまで地殻マントルが 臨界状態にある時に起こりうる現象である。

地震エコーの観測で、静穏期が始まったと思われたとき、このようなトリガー要因の現象が起こりそうかどうか、 気象、地磁気、潮位など いろいろな観測データの検査が非常に重要なのである。 この検査で地震発生日の予測精度は向上するはずで、地震エコーだけの予測では9日のあいまいさがあるが、 トリガー要因 を調査すると2日程度まで向上すると期待している。

参考資料

  • 寺田寅彦、地震ノ頻度ト勾配トノ関係ニ就テ、気象集誌、第28年第1号、1909年、1-11頁。
  • 大森房吉、地震ト天気トノ関係ニ就キテ、東洋学芸雑誌、第23巻、第303号、1906年、320-325頁。 
  • 池上良平、大森地震学が残したものⅠ:地震の活動性に関する研究、地震Ⅱ、第34巻特別号1981年、37-72頁。
  • 長谷川謙、地震の副因としての気圧傾度に就て、気象集誌、第32巻第11号(1913年)、397-405項。
  • Inoue, Win and Keisuke Hasegawa, "On the Barometric Gradients at the epochs of the Earthquakes in Japan, " Bulletin of the Earthquake Research Institute, University of Tokyo,10-1(1932): 55-82.
  • Nakamura, Saemontaro, "Barometric and Tidal Effects on the Occurrence of earthquakes in Kwanto District, " Japanese Journal of Astronomy and Geophysics,3-2 (1925): 115-165.
  • 萩原尊礼、地震学百年、東京大学出版会、1982年。
  • 明治・大正の日本の地震学「ローカルサイエンス」を超えて、金凡性、東京大学出版会、2007.
  • 那須信治編、大地震の前兆に関する資料―今村明恒博士遺稿―、古今書院、1977.