6 地震研究者と電波物理学

Dr. Gohkberg、芳野博士や串田氏は電波の著名な観測的研究者である。 彼らが地震前兆ではないかという声を上げた時に、地震研究の専門家は冷たい反応を示した。 地震研究者は内心では地震予測などできるわけがないし、そのような研究を行おうとすることは愚かしいことであると、タブー視していた。

私の所属していた応用地球物理講座の上司であり、地震火山研究センターの所長も兼任していたO教授は、 ”地震予知研究には理論がない、理論がないものは科学ではないので研究する意味がない”と言い放ち私の研究を強く禁止しようとした。 1965年に国家プロジェクトとして 地震予知計画が始まり約40年が経過している時である。 歴史的に見ると、地震学は応用地震学として発展して地球内部の構造解明に非常に貢献した。

日本では純粋科学としての地震学と地震防災学 と両立して発展するはずだったが、国際的に対抗するため地震防災はしだいに見捨てられた。 アメリカの地震学者リクターは”地震予知はうそつきとペテン師しかできない”といって若い研究者たち を恫喝した。 アメリカでは地震災害よりトルネードによる気象災害のほうがはるかに深刻だ。 地震学では”地震は科学的には地球内部の情報をもたらしてくれるありがたい現象”である。 しかし1995年阪神淡路 大震災が発生して、日本の地震研究者(私を含めて)が知ったことは地震学・防地震災の常識的知識が社会に全く浸透してなかったことであった。 2011年東北大震災でさらに決定的に暴露されてしまった。 それまでは 地震研究者は科学的な業績を上げることと、社会に地震現象の真の姿を伝えることは180度姿勢が異なる”雑用”であると考えていたようである。

もしも地震前兆が電波を使って観測できるという興味深い情報があれば地震研究者は飛びついて研究してもよさそうである。 一般に地震学を志す人々は工学部を目指す人々と違って同じ物理学志向であっても観念的・理論的であり、実験や観測が不得手である。 電子工学やラジオ工学には全く手が出ない人が多い。 私が1960年代に松代町で発生した群発地震の観測のために同地域を訪れたとき研究責任者から各地から集まった大学や研究所の観測状況を検査するように言われて調査したが、 機材を正しく調整し完璧な観測を行っていた班はわずかだった。 整備不良や誤った使い方、不完全な結線などひどいありさまで、びっくりした。 おそらくこんな人々だから地震計を放り出してラジオの観測をすぐ始めようとはしなかったのだろう。一人を除いて。 電波研究者にとって希薄な電子量の中を電波が伝播する状況はイメージしやすい現象であってそこに磁場があると、 つまり電離層中ならば磁力線に沿って電波が渦を巻きながら伝播する現象など面白い現象をよく知っている。 だからFM放送波が異常伝播するという現象は突飛で受け入れがたいものではなかった。

地震学と電波物理学との間には深い谷があるのだがその間には物理学という大橋がある。 しかし地震研究者と電波研究者はそれを渡ろうとする研究者は少ない。 私の学生時代の指導教官だったT先生はいつも”はやっていないことをやれ”と言っていた。 でもやはり地震予知は嫌いだったようだ(研究費が増えるのは喜んでいたが)。